監訳者から日本企業への提言アジャイル変革は20年以上前から重要視されてきたが、世界中の企業を見渡しても対応は十分に進んでいない。「Doing Agile(アジャイルを実行している)」はできていても、「Being Agile(アジャイルである)」はオペレーティングモデルやカルチャーの変革が伴いハードルが高いためだ。日本にも同じ課題に直面している企業は少なくないだろう。アジャイルな組織・オペレーションの中で、サービスの収益を大きく左右する重要な要素は意思決定のスピードと品質である。ビジネス環境の変化に迅速に対応するには、スピードを殺すことなく予算執行や優先順位を判断する必要があるためだ。ただ、かねてから日本企業は意思決定の遅さが大きな課題とされており、特に丁寧な根回しを求められがちな伝統的日本企業にとってアジャイル変革は難易度が高い。そこで、まずは意思決定の権限を現場に委譲することを提案したい。これが変革への第一歩であり、「Being Agile」のハードルを越えるためのステップでもある。権限を現場に移譲した上で、意思決定や予算執行を迅速に行うための新しいオペレーティングモデルに移行することにより、変化の速いビジネス環境に対応できるアジャイルな組織に進化していくことが可能になる。日本企業の中でも、実際に動き出した企業は存在する。規制が強い製造業界やヘルスケア・製薬業界においても、意思決定の権限を現場に下ろしてデジタルサービスの企画・開発とリリースをアジャイルで迅速に回していくなど、アジャイル変革に取り組む企業が出てきた。道のりは長く険しいが、このように一定以上の成果を出せている企業もあるので、是非、変革への第一歩を踏み出していただきたい。ストラテジーコンサルティングディレクター Strategy&|未完のアジャイル変革PwCコンサルティング合同会社桑添和浩 監訳者紹介執筆者についてDr. Markus WeissはStrategy&スイスのマネージングディレクターであり、チューリッヒを拠点に、欧州におけるアジャイル変革のサービスを主導し、IT戦略や大規模なトランスフォーメーションプログラムに関する助言をクライアントに提供している。Oliver BergiusはPwCドイツのディレクターであり、ケルンを拠点に、全社的アジリティのサービスを主導し、組織のアジリティと価値志向を高めるための助言をクライアントに提供している。Dr. Claudio LamprechtはStrategy&スイスのシニアアソシエイトであり、チューリッヒを拠点に、IT戦略、アジャイル変革、ターゲット・オペレーティング・モデルに関する助言をセクター横断的なクライアントに提供している。大原正道大塚悠也桑添和浩PwCコンサルティング合同会社のパートナー。テクノロジーストラテジーのリード。ハイテク製造業、通信業界を中心にさまざまな業界の幅広い業務領域にて、25年超で150件以上のコンサルティング経験を有しており、企業戦略、事業戦略、技術戦略、デジタル戦略、IT戦略、マーケティング・営業、調達、サプライチェーンを専門領域としている。PwCコンサルティング合同会社Strategy&のディレクター。IT関連企業、総合電機メーカー、金融機関、サービス業、官公庁に対する、全社変革、事業・成長戦略などのコンサルティング経験を有する。近年は、テクノロジーをコアとした新規事業の立ち上げや社会変化に対応するシナリオプランニング、企業の変革をテーマとしたコンサルティングに積極的に取り組んでいる。PwCコンサルティング合同会社のディレクター。IoT、デジタルツイン、アナリティクス、AI、アジャイルなどのデジタル技術を活用したデジタルトランスフォーメーション(DX)の戦略策定から実行までのコンサルティング業務に従事。現在は製造業、建設業、エネルギー業、医薬業などに対してDX構想策定やDXアーキテクチャ策定、エンタープライズアジャイル変革のコンサルティングサービスを提供している。問い合わせ先PwCコンサルティング合同会社ストラテジーコンサルティング(Strategy&www.strategyand.pwc.com/jp Strategy&|未完のアジャイル変革Katrin WagnerはStrategy&スイスのシニアアソシエイトであり、チューリッヒを拠点に、市場参入戦略、大規模なトランスフォーメーション、ESG戦略に関する助言を金融サービスのクライアントに提供している。Christian MesiscaはStrategy&オーストリアのアソシエイトであり、ウィーンを拠点に、ターゲット・オペレーティング・モデルや大規模なトランスフォーメーションに関する助言をITや金融サービスのクライアントに提供している。Philipp DahlemはStrategy&スイスのアソシエイトであり、チューリッヒを拠点に、IT戦略、ターゲット・オペレーティング・モデル、大規模なトランスフォーメーションに関する助言を小売業や化学業界のクライアントに提供している。) アジャイルの時代組織が事業活動を行っている環境は厳しさを増している。この「VUCA(変動性、不確実性、複雑性、曖昧性)」の世界では、コスト圧力の上昇、テクノロジーの急速な進化、デジタルネイティブ顧客の急速な嗜好の変化、創造的破壊力を持つフィンテック企業の急成長などが当たり前のものとなっている。こうした流れもあり、環境変化に組織が機敏に対応する「アジャイル」という概念やアプローチへの注目度合いが高まった。アジャイルはもともとソフトウェア開発の分野で生まれた言葉で、高品質のソフトウェアをより効率的に提供するために、組織の柔軟性と連携の密度を向上させ、ITとビジネスをより緊密に組み合わせることを目的としていた。反復型開発を基礎とし、頻繁なコミュニケーション、継続的なフィードバック、機能横断的なチームによる適応計画を重視するのが特徴だ。こうした概念や取り組みが従来の計画主導型の方法に代わるものとして急速に台頭した。2001年に業界の専門家がアジャイルの基盤となる原則と価値観を「アジャイルマニフェスト」にまとめたことで、幅広い組織で採用されるようになった。アジャイルという概念はソフトウェア開発やITアプリケーションの枠を超えて発展し、組織のあらゆるドメインと階層レベルへの大規模な実装に適した包括的なビジネス組織のツールキットへと進化している。Strategy&のアジャイルトレンド指数は、アジャイルに対する一般の関心度を評価することで進化の根拠を示している。この調査結果では、近年アジャイルへの関心が著しく高まっているほか、認識が顕著に変化していることが明らかになった。アジャイルは、従来の単なるソフトウェア開発の概念の境界を超え、企業カルチャーやリーダーシップの観点から何が必要かという問いによって補完された、組織の包括的かつ総合的なオペレーティングモデルを包含する極めて重要なアプローチとして捉えられるようになった(次ページの図表1参照)。アジャイルの普及は、技術の進歩や新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミック下の新しい働き方の出現にも後押しされている。企業は、イノベーションを促進して競争力を維持するためにテクノロジーへの依存度を高めるとともに、魅力的な雇用主であり続けるために新しい労働モデルを採用する必要性に迫られており、アジャイル手法の重要性を認識している。一方では、急速に変化する環境に効果的に適応するために、他方では、「Doing Agile(アジャイルを実行している)」から「Being Agile(アジャイルである)」に移行するために。 Strategy&|未完のアジャイル変革 アジャイルは、単なるソフトウェア開発の概念としての従来の境界やイメージを超え、組織の包括的かつ総合的なオペレーティングモデルを包含する極めて重要なアプローチとして捉えられるようになったStrategy&|未完のアジャイル変革検索トレンドによると、アジャイルへの関心が一貫して高いことが分かる。近年、IT以外の分野へアジャイルを適用することに対する関心が著しい高まりを見せている。レベル2:アジャイルガバナンスレベル3:アジャイルなリーダーシップとカルチャー201102004003008007006005009001,000201220132014201520162017201820192020202120222023アジャイルフレームワークアジャイル組織アジャイルなリーダーシップアジャイルツールアジャイルによるスマートな働き方の開発アジャイルなマインドセットアジャイルの検索ワードレベル1:アジャイルな働き方1全世界を対象とした2011年1月から2023年5月までのGoogleトレンド分析2011年を基準(=100)として、レベルごとに選定された検索項目の5カ月移動平均に基づいて算出出所:Google、Strategy&分析このように、アジャイルは取締役会レベルでの最大の関心事となっている。経営幹部は、市場投入までの期間短縮、提供する製品の品質向上、より一層の顧客中心主義の徹底、雇用主としての魅力の強化といった、組織の戦略目標達成にこの概念をどのように役立てられるかを考え抜くことが求められている。 出所:Strategy&分析目標に沿った統一的な理解を得ることは難しい。達成すべき目標によって、変革の範囲と道筋が異なってくることの理解が重要である。また、たとえメリットが明確でも、大規模にアジャイルを導入することは難しく、時間がかかる。認知度の高いフレームワークや変革をチームレベルで実施するだけでは不十分であり、組織全体のカルチャーやリーダーシップ、ガバナンス、働き方の変革などで構成される。このため、個別の組織ごとにカスタマイズされたアジャイル・オペレーティング・モデルを見出す必要がある(図表2参照)。最も難しいのが、アジャイルなリーダーシップとカルチャーの醸成だ。企業全体のマインドセットとリーダーシップスタイルを徹底的かつ持続的に変革する必要があり、多大な時間と労力がかかる。ただ、アジャイルの原則と価値観に沿ったリーダーシップとカルチャーがない場合、変革のメリットは限定的なものにしかならない。アジャイルには、自律性、信頼、コラボレーションを促すようなマインドセットの転換とそれを支える組織カルチャーが必要となる。 Strategy&|未完のアジャイル変革 調査結果の概要1.アジャイル変革の状況アジャイルは、通信/テクノロジーのような最新技術に精通し高度にデジタル化された業界、規制の厳しいヘルスケア・製薬業界、ハードウェア主流の製造業界を含め、あらゆる業界の企業にとって重要なテーマである。2.アジャイル・オペレーティング・モデルアジャイルが持つ可能性を最大限に活用している企業は約30%に過ぎない。「Doing Agile」であることと「Being Agile」であることには根本的な違いがあり、メリットのほとんどは「BeingAgile」であることから得られる。3.アジャイルなリーダーシップとカルチャーアジャイル変革に対するトップマネジメントのコミットメントは、全ての階層で等しく認識されているわけではない。しかし、アジャイル変革を成功させるには、リーダーシップの強力なコミットメントが必要である。4.アジャイルガバナンスアジャイルガバナンスを確立することは、「Doing Agile」から「Being Agile」に移行するために極めて重要であるが、多くの組織が高い頻度で予想外の大きな課題に直面するのがこの段階である。5.アジャイルな働き方組織のニーズに合わせたカスタマイズを行わずに標準的なツールを導入し、かつテクノロジーチームによるサポートがない場合、アジャイルのメリットは非常に限定的なものになる。アジャイルが持つ可能性を最大限に活用するには、デリバリー